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大阪市西区・南堀江法律事務所のブログです。
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前回の続き。

最高裁新長官の竹崎氏は、記者会見の場で、裁判員制度のもとでの裁判についてこう言ったとか。
「これからは、ミリ単位の物差しをセンチ単位のものに持ちかえないといけない」と。

つまり、これまでの刑事裁判は、法律のプロである弁護士、検察官、裁判官だけの世界のもので、こと細かな議論に拘泥してきた部分もある。

被告人や被害者の供述調書の些細な食い違いが問題となって、その証言がホントかウソか、刑事に無理やり言わされたのではないかということで延々審理が続いたり、
被告人の責任能力が問題になれば、複数の医師から専門用語が満載された分厚い鑑定意見書が提出されたりもする。

一般国民が参加する裁判員制度になれば、そういう細かい部分にとらわれた審理でなくて、もっと大局的な観点からわかりやすい裁判をしないとダメということでしょう。

たしかに、大半の刑事事件においては、ミリ単位の細かい議論は不要で、センチかメートルくらいの大ざっぱな審理でも、だいたい誤りのない判決が下されます。

刑事事件の記録(関係者の供述調書や現場写真など)は、電話帳かまたはそれ以上の分厚さがありますが、刑事事件をやる弁護士は、実はそれを一言一句もらさず読んでいるわけではない。
やったことに争いのない単純な事件なら、ポイントとなる部分だけ読めば、だいたいその事件の判決内容は想像できるのです。

そういうことで、一般人が裁判員として裁判に関わるときも、ある程度は大ざっぱな感覚でよいと、私も思います。

しかし、すべての事件でそれでいいわけではない。
中には、有罪か無罪か、非常に微妙なケースがあり、紙一重の差で結論が逆転することもありうる。
そういう場合は、センチ単位ではなくて、プロ同士のミリ単位の議論が必要になってくるのです。

と、ここまで昨日の段階で下書きしておいたら、ちょうど、ペルー人による広島の女児殺害事件で、高裁が地裁判決を「審理が尽くされていない」と破棄しました。

私が言わんとしていた問題がそのまま出てきた気がしますので、この事件は次回に取り上げたいと思います。
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